五輪を夢見た柔道家は大阪府警で競技を続けた。妻となり、母となった。警察官として現場の経験を積み、いま再び、畳の上に立つ。そこは「教場」だ。
緑と赤の畳が敷かれた柔道場に汗の臭いが漂う。
「昼ご飯、食べたやろ。元気、出そう」
「はい」
大阪府田尻町の警察学校で6月中旬、巡査部長の吉山綾乃さん(48)が声を上げ、約50人の初任科生を指導していた。
岐阜県各務原市の出身。木に登り、山道を自転車で下って遊ぶ。身軽で元気な子だった。交番のお巡りさんに「はよ、帰りな」「気をつけてなー」と優しく声をかけられていた。
「警察官になりたいな」
転機は中学生の時だ。新任の男性教諭が柔道部をつくる。12歳、柔道着に初めて袖を通した。強くなれば警察官になれる――。そう信じて五輪をめざした。
女子柔道が盛んになる前。高校では男子部員と稽古した。3年生で全日本柔道連盟の強化選手に。筋力も技も上がり、大学生の全国大会で準優勝するまでになった。
府警には1997年4月に採用され、柔道は2000年3月まで現役として続けた。
選手引退。五輪をめざした柔道着から、警察官の制服に着替え、現場へ出た。殺人未遂事件の現場に駆けつけ、刃物を持つ容疑者を取り押さえた。喫煙や万引きをした少年たちと向き合い、立ち直りを支える係も経験した。
昨春、警察学校の指導者に起用された。背景には女性に対する期待と重要性の高まりがある。入校生のうち女性の割合は08年度の11%から昨年度は21・6%に増えた。
この人事に「私だからこそできるやろ」。出産や育休、育児と仕事の両立に苦労したこともある。女性だからこその悩みも知る。
「卒業した瞬間に直面するのは厳しい現場です。覚悟を持って来て欲しい。全力でサポートします」。大学生の長男や長女と重なる年頃の、警察学校での教え子たちへの思いだ。
退職する入校生も 「教場」の現実
警察学校は長岡弘樹の小説「教場」や木村拓哉の主演ドラマの舞台で、「ふるい」に例えられる。警察官に適した人材を選び抜く、過酷で閉ざされた空間として描かれる。
府警幹部は「一般的な会社員…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル